今日は日本国憲法が施行された「憲法記念日」

憲法記念日

 

ゴールデンウィークも中盤に差し掛かりました。

今日は 5月 3日 「憲法記念日」です。

憲法の施行日をいつにするかで
当時の大臣さんたちも 結構
大変だったみたいですね。

なにせGHQがうるさく干渉してきていましたし
その態度は あたかも日本人はアホなので
任せられないとでも言いたげでしたし。

というのがずっと以前の私が持っていた
印象だったのですが 今はちょっとだけ知恵が
つきましたので 少し変わりました。

もちろん当時の白人は 普通に東洋人を
人間と思っていなかったことは間違いないです。

戦争には勝ったものの 放っておいたらまた日本が
復活して いつ自分たちを脅かすかもしれないよねと
心配だった連合国(主に米国)。

長年の植民地支配で得たノウハウを最大限活用して
今後は白人にタテつかないで大人しくしてりゃ
(憲法に戦争放棄を盛り込み)小国だけども
地政学上大事な場所にあるんで付き合ってやるよ
(日米安保)と思いながら草案を
練っていたんだろうなあと。
 

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戦時下で作られた憲法であるということ

とにかく徹底的に「勝者の書いた歴史」に
塗り替える作戦だったのでしょうね。

日本側はとにかくGHQには さっさと
引き上げてもらいたかったでしょう。

よそ者の干渉は復興の邪魔だったと思われますので。

日本は自然災害が多いので起きてしまった禍いを
いつまでも嘆いていません。

嘆きながらも 自ら立ち上がり みなで手を携えて
乗り越えるしかないことを恐らくはDNAレベルで
学習していると思われます。

米国は豊かな資源にものを言わせ
日本のほぼ全土をくまなく空襲しました。

このような破壊は自然災害の後と
同じような感覚だったのではないでしょうか。

日本人の意識が一気に復興へと
突き進む原動力になったのかもしれません。

実際 焼け野原から20年ほどで
東京オリンピックを開催しましたからねえ。

その後の経済成長をどう思ったことでしょう
あんなに破壊しまくったのに。

残念でしたねえ 日本人はダテに日本列島で
暮らして来たわけじゃないんですよ。ふんっ。

えーあー憲法の話だったはずですよね…。
新憲法の施行日を 5月の 1日とか
5日とかいう案もあったそうです。

この両日は半年前に当たる公布日には
問題がないけれど 施行日としては
すでに別件が定着しているので
よろしくないということに。

メーデーはかなり後から起こった
意識の表れですので どうでもいいんですけど

伝統のある子供の日は ちゃんと
残さなきゃいけませんねん 2千年。

3日は施行日にはいいけれど
公布日に当たる11月 3日が明治節なので
GHQがいちゃもんをつけて来るんでない?
という懸念もあったそうです。

案の定いちゃもんはつけられたようですね
GHQは「大日本帝国」という国名から
躍起になって消し去ろうと
していたように見えますから。

ですが 今をもって今日 3日が
憲法記念日になっているということは
何とか押し通したみたいですね。
よくやりました けけけ…。

 

「勝者の書いた歴史」そのものの「憲法」

憲法の話題なら当然避けて通れないので
言わなくちゃならないよね。

あくまでも個人の考えですが
私は時代に合わない事柄は改正するべきと。

たぶんGHQだって占領下で
どたばたこさえた憲法を70年以上も
後生大事に冷凍保存しとくなんて
予想もしなかったと思いますよ。

彼らは白人ですからね 考え方は
1+1=2という合理主義者たちです。

時代が進んで 謳われている内容がその実情に
合わなくなったら 憲法だろうが法律だろうが
ガンガン変えちゃう人たちですし
むしろそれが当然ですから。

日本がそうならなかったのは 無駄に憲法を
神聖視する輩がいたからでしょう。

これは「公職追放」などで入れ替えた
米国シンパや赤っぽい人たちが
当のGHQの想定よりもはるかに
「いい仕事」をした結果だと思いますね。

つまり白人たちの置き土産がしっかりと
根を下しているということです。

終戦当時学童期で 戦争が終わった途端に
これまでの価値観をひっくり返され
信じるべき根本を破壊された人たちが
大勢いたと思われます。

そのトラウマを埋めるために新しい考え方や
価値観を受け入れたので 憲法などは
ある意味では思考の中核をなすものに
なっているかもしれません。

他方 日本が「普通の国」になることを
望まない人が紛れ込んでいるのも明白です。

日本が必死になって共産化の波を防いでいたのに
日本をいじめて壊したから 今度は自分たちが
日本の共産化を防ぐ必要に迫られました。

さりとて「大日本帝国」に逆戻りされるのも
米国には都合が悪かったので 様々な思惑が
パッチワークみたいに縫い込まれた
憲法で包んだのです。

 

時代に合わないなら 改憲もやむなし

昔から 今日は各地で様々な集会や討論会などが
開かれたというニュースが流れているのを
ただぼーっと聞いていただけでした。

どんな経緯を辿って今の憲法があるのか
集会を開いている人たちは何を論じているのか

なぜ論争が起こるのかをきちんと
理解していないと これまでの私のように
ただニュースを見て へえ ほう…ふうん…で
終わるような気がしてなりません。

こういう状態だと 例えば国民投票などでは
適切な判断材料に欠けているため本当の意味での
「民意」にはならないと思われます。

時間はかかりますが子供たちに学校の授業で
ありのままに憲法の経緯を教え 考えさせるように
するべきですね 未来の有権者ですから。

例えば 選挙管理委員会のような
特設の機関を設けた上で 繰り返し私たちに
憲法の論点を周知徹底する活動をするのです。

そのくらいのレベルに持って行かないと
人々の意識はなかなか変わらないと思います。

専門家らは中立の立場で 問題点を洗い出しを行い
一般の人にはどこが争点で 何を決めてほしいのか
提示しないと 論点のぼやけた論争になるでしょう。

環境を整えた上で どうあるべきかを
論じる時が来ているのではないかと思います。

現状や国益に適わない事柄は
少しずつ縫い目をほどいて バラして廃棄!

日本人と日本のための憲法に
仕立て直していくのが望ましいかと。

 
お読みいただきまして ありがとうございました。

 

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