七十二候 腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)

腐草為蛍くされたるくさほたるとなる

 

今日は七十二候の 腐草為蛍
(くされたるくさほたるとなる)に当たります。

は…はい?くされたる…くさ?

またずいぶんと乱暴な表現ですなあ。
草は蛍にはなりませんけど ねえ。

蛍の幼虫って灰褐色っていうか黒っぽいんです。

形としては細長い流線形なんで むりやり
腐った草の葉っぱだと思えば そう見えなくも
ないですけども…。草じゃないから。

でもその蛍の幼虫は 食べ物を選り好みして
カワニナという淡水の貝しか食べないのね。

しかもそのカワニナは水質にうるさくて
とてもきれいな水でないと生きられない
面倒くさいやつなんだけど…。

でもさ 蛍は草じゃなくて虫です!
どうしてそう思ったんでしょうねえ?

蛍は平安時代から日本人に愛されてきた
虫さんなのに なんだかものすごーーく
誤解されてたのね。

あのう…私 虫さん苦手なんだけど。
 

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幻想的な光る虫 蛍

多くの虫さんがそうであるように
成虫と幼虫の差が大きいですね。

でも蛍さんは幼虫の時から 少しだけだけど
お尻が光るそうですよ 見たくないけど。

すごい肉食系ですし。
イモムシ姿の肉食系ってすごく怖いよう。

葉っぱとかわしわし食べてる方が
まだかわいく思える…。(個人の感想です。)

腐れた草が蛍さんになると思われていたのは
草むらとかを飛び交う 大人の姿に惑わされて
幼虫時代を知らなかったからかしら?

子供の時も大人になっても夜行性はそのままだし
成虫に羽化する時も川の近くの泥の中に
繭を作ってさなぎになるんだそうです。

人間にしてみると ある時突然光る虫が
水辺の草むらを飛び回るように見えたんですね。

繭とかさなぎも土の中だから 誰にも
見つからないし 不思議な虫だと思われたかも。

子供時代と大人の姿と全然違うのは 虫には
よくあることだけども 蛍さんは大人になると
何も食べないんだって。

驚いたことに口が退化してて水くらいしか
飲めないんだそうで。

だから幼虫時代にしっかり食べておいて
蓄えた栄養で 大人を生きるんですって。

…と言ってもわずかに2週間ほどしか
命がないようなのですが…。

発光がきれいで幻想的だけど 蛍さんて
壮絶な生き方のような気がする…。

あの美しさはやっぱり儚さと表裏一体なのかな。

生涯の最後に生まれてきた使命を果たすため
一生懸命に光でパートナーを探す。

命のバトンを渡したら 静かに去っていく…
虫さんたちの生き方を見ていると すべてが
短い時間の中に凝縮されていてとても濃い感じ。

命のサイクルが違うからそう感じるのかも。

 

光の乱舞に一瞬の命のきらめき

蛍さんがこんなに日本人に愛されるのは
美しい光の乱舞の中にも どこか儚さを
感じるからかもしれませんねえ。

平安時代など特にそうですが 割と簡単に
病気になったり 亡くなったりするんですよね。
人といえども命がとても儚く描かれたりしてます。

えええ?そんなに簡単になくなっちゃうの?って
今とはものすごく差があって ちょっとついて
いけないところもあるのですが。

そのあたりは…ねえ 途方もない時間の経過で
感覚に差があっても仕方ないのかなと。

儚いものや事柄への思い入れというか
捉え方が差を生み出す理由の一つでしょう。

移ろい行く季節の花や虫など どれもみな
儚くて壊れやすい…人間もまた同じだと。

で、巡りくる季節が再び同じような光景を
連れてくると 今度は季節の方に巡る喜びを
感じたのではないかなと。

儚く失われるものと絶えることなく巡りくるもの
相反するものを 同時に感じられるというか
感じ取る感性が磨かれるというか…。

何だか禅問答のようになってきちゃったな…。

ともあれ蛍さんの幻想的な大人の姿は
ずっとずっと日本人の心を捕らえて離しません。

ちょっと無理をして復活を試みたりしてますが
人の介入の難しさを露呈することになるなど
問題も残っています。

冷静に知恵を出し合って うまくいくように
手を携えましょう。

七十二候はずっと残っていくでしょうが
蛍さんなどは人の振る舞い次第では もっと
厳しい状況に追い込まれるかもしれません。

先の世代にも 美しい蛍さんたちの乱舞が
引き継がれるように みんなで考えていかないと
いけない時期なのだろうと思います。

虫が苦手でも 同じ地上に生きる者として
失うことことのないように願っています。

 
お読みいただきまして ありがとうございました。

 

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