今日 7月 3日はノストラダムスが亡くなった日

ノストラダムス忌 ガラス窓

 
ノストラダムス忌
 
…と書きたかったのですが、
実はまたもや1日遅れてしまいました。

ノストラダムスが亡くなったのは
1566年の 7月 2日のことでした。

生前から何かと話題に上ることが
多かったみたいですね。

ミシェル・ド・ノートルダム
というのが本名だそうです。

ノストラダムスというのは 
ラテン語風につづったペンネームみたい。

本名は何となく優しい感じのする音で 
ラテン語風のペンネームの方が
聞きなれていて
イメージが定着しているせいか

「らしい」というか 硬くて「占星術師」とか
「預言者っぽい」感じがします。(笑)
 

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謎が多いのも「らしさ」かも…

 
本人は仏国人だし お医者さんで
占星術師で詩人なんですって。

料理の研究もしていたらしくて
本も書いてるようです。

まあどういう訳かこのルネサンス期の人は
マルチな人が多かったですね。

でも幼少期に誰から教育を受けたかは
はっきりしないそうです。

もしかしてどこか…教会などの図書館に
通い詰めたとか あるいは本物の

「魔術師」や「魔法使い」から
手ほどきを受けたとか…?(笑)

ただ「自称医者」とかだと
非常に怪しいことになりますけども…。

1550年ごろから占星術師として
本を執筆したり 暦書といって

来年1年のことを書いたものとかを
出していたようです。

予言が入ったカレンダーのようなものかなと 
イメージしたのですが 

欧州ではわりと普通だったみたいなので
やっぱりカレンダーではないかなと。

ま、それらが大ウケしたみたいで 
いきなり有名になっちまったです。

メディチ家から来た王妃さんやら
有力者たちからもてはやされたり 

挙句 国王シャルル9世から
「常任侍医兼顧問」に任命されたそうで。

ここまでいくと大出世!ですよね。

というか本当に予言とか 
当たったんでしょうかねえ…?

お医者さんとしてどこで学んだかとか
詳しい経緯は謎の部分も多いのですが 

当時欧州では度々ペストが大流行しました。
(無駄にねこさんを迫害したからだ!)

ミシェルさんは流行している現地に
入って治療をしたそうです。

…ということは…何かしら医学的な知識も
ちゃんとあったということですねえ。

でも上流社会の人たちまで巻き込んで
賛嘆するというのは ミシェルさんが

本当に庶民に人気があったから 
その噂を聞きつけてのっかったんでしょうか…。

まあ国王からも信任されたのですから 
人物としてはそれなりだったのでしょうね。

上流階級の人というのは 思ったことや
個人的な意見とか 言えないのが普通なので 

誰かに相談したいとか 話を聞いてもらいたいとか 
そういう気持ちがあったのかも…。

よく言われるのは 王侯貴族は感情を
表情に現わすと それが政治的に利用されたり 

配下に影響を与えかねないので
「無表情」を訓練されるという話。

事の真贋はともかく 感情を表に出せないので 
やはり普段から気づまりだったのでしょう。

「ここだけの話…」とか気兼ねなく
思っていることを吐きだせる相手が

欲しかったのは間違いない
のではないかと思われます。

「常任侍医兼顧問」に任命されたようでは
あるのですが それに関わる公式な記録は
見つかっていないそうなので 

ミシェルさんが宮廷へ出仕した
わけではなかったようですね。

つまり「個人的」にお話を聞いたり 
予言をもらったのではと推測できるわけです。

で たとえば衛兵などに姿を見られても 
それっぽい肩書があれば「顔パス」の

状態が作れますので 公式に記録を残す
必要もなかったのでは…というか

むしろそんな記録を残す方が
不都合だったとも考えられます。
 
 

予言は的中したのかしら?

 
同時期の人の中には 
ノストラダムスの予言とかは

酷評する人もいたみたいだし 
やっかみ半分かもしれないけれど 
受け止め方はやっぱり人それぞれでしょうね。

大出世か?と思ったこの任命から
たった2年後に 病で帰らぬ人となるのです。

どれが本当のことなのか分からなくなるほど 
謎と伝説に包まれちゃった彼の人生ですが 
やることはやりきった感じではあると思います。

予言をするくらいですからね 伝説的な方が
「らしく」思えるじゃないですか。

私たちもよく知っている…というか世界的に有名な
「ノストラダムスの大予言」というのは 
詩集なんですってね 知ってました?

四行詩という形式で書かれた詩だそうですが 
ものすごーーく難解だった…

つまり何のことだかさっぱりわからない
表現などが多かったのでしょうねえ…

後世の人間が様々、好き勝手に解釈して
「当たったことだけ」広まったみたい。

もしかするとあまりにも訳が分からな過ぎて
「予言」になったとか…?

ギリシャ神話の時代から
「ご神託」だの「予言」だのは

トランス状態の巫女が口走ることを
「解釈」するものだったので 
わけわかんないものがとても多いんですわ。

つまり「わけわからんこと=予言」だと
受け止められていたのでは…?ぷぷぷ…

たいへん長い時間が経っちゃっているし 
どんな様にでも解釈できる
掴みどころのない四行詩なら

その時代や受け取る側の都合や立場で
どえらく違ったものになるのは
仕方ないことかもしれないです。

思えば人というものは 先を案じ 
指針のようなものを
欲するんですね 今も昔も。
 
お読みいただきまして ありがとうございました。
 

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