今日 8月27日は 宮沢賢治の生まれた日

宮沢賢治生誕 障子窓

 
宮沢賢治生誕
 
一幅の清涼剤のような さわやかに
吹き抜ける風のような

宮沢賢治の作品には そんな
形容詞が似合う気がします。

今日 8月27日は優しいお話を
たくさん残した宮沢賢治の誕生日です。

カテゴリには童話作家、
詩人とありました。

自分の生まれ育った場所を 
理想郷イーハトーブに重ねるくらい
郷土に愛着を持っていたのでしょうね。

岩手は山にも海にも恵まれた 
ちょっと寒いけどいい所です。

そうあの有名な詩も 
宮沢賢治の作品でしたね。

生前はあまり知られた存在では
ありませんでしたが 亡くなった後

草野心平氏らの尽力で 人々に
広く知られるようになりました。
 

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地頭の優秀な人だった

 
たぶん そうなるべくして
なったのだろうと思うのです。

詩的な言葉を紡いでいくと 
宮沢賢治の作品のようになるかな…。

文才と感受性が違うので 
期待しないようにしようっと。

さて賢治さんは小さい時に
赤痢に罹ってしまい 
体は丈夫でなかったのですね。

小学校で出会った先生が 賢治さんの
考え方や作品に影響を与えたとか。

「海の水はなぜ辛い」とか
「家なき子」とか… 
うむむ 私も知ってる話ばかりだし。

加えて小学校の成績は6年を通して 
全て甲(5段階評価なら5)だったそうで

地頭の出来がとんでもなく
良かったのですねえ。

鉱物採集や昆虫の標本を作るのが
好きだったんですね。

作家さんとか芸術家とか 子供の時に
何か集めるの好きだった人 多いような…。

好奇心なのか 集中力なのか 執着心なのか 
不思議な符合なんですよねえ…。

それとも何かに「熱中すること」が
大切な意味を持つのかもしれません。

あと童話などよりも 石川啄木などの
影響もあったりして 短歌の発表の方が
先だったというのは意外でした。

お祖父さんは本当に昔の人なので 
商人に学問は不要という
人だったようですが

お父さんが 上の学校へ進学を
勧めてくれたのですね。

生家が裕福だったので こんなことを
言ってはナンですが わりと好きに
生きていたような
感じがしないでもないなあ…。

他の作家さんとかは 生きるために
必死になって原稿を
書いたりしていますけれど 
賢治さんは受け取った原稿料は5円だとか。

もう少し丈夫で長生きしてくれていたら 
違ったかもしれませんけど。

やっぱり地頭が良かったこともあって 
しっかり勉強したおかげで

学校で教鞭を取ったり 研究員として
残ったりするなど ちゃんとした
職業に就いていますので そちらを
続けるつもりだったのですね。

一方で家業の方はあまり好んでいなかった
ようですけれども それでも
自分の知識を生かした方向で 
家業を拡大しようとした感じもありますね。

やっぱりあまり丈夫では
なかったことが 惜しまれるのです。

賢治さんと妹のとし子さんは夭折していますが 
ほかの兄弟はみんな とても長生きしてるんですよ。

レコードを買うのが好きだったみたいで 
よく買ってくれるので 英国のポリドールから
感謝状をもらったとか。\(◎o◎)/

そこまでいくと収集家ですよね コレクターでしょ。

農学校の研究員の給料や 自分で
始めた商売の売り上げなど それなりに
収入はあったようですが 

ほとんどをレコードや浮世絵を買うことに
使ってしまっていたようです。

でも値段的には決して安くないはずだから…
本当に裕福だったんですね。

さらには蓄音機の針を自分で考案して 
試作品を米国ビクターに送ったとか。

やり過ぎでしょ 聞き過ぎでしょう。

でも高く評価されたんですってよ 
その試作品。すごおい!

ビクターさんそれ 取ってないですかなあ? 
…難しいか。
 
 

何もかもが 優しい物語に収斂している

 
あと法華経に傾倒したんですね 
それで病弱だったのに菜食主義とか。

栄養はちゃんと摂って 養生しなきゃ
いけなかったんだけどなあ…。

宗教は人の心の拠り所ですので 
様々な形で作品に現れてくるものです。

賢治さんが残した原稿の山は ほとんど
書きかけのような感じだったそうです。

幾度も手直しをした跡があったり 
判読が難しかったりするそうな。

また生前もそうだったようですが 
本にするたびにお話に手を加えたようで

どんどん違うものに
変わっていったらしいのです。

本人の著書で曰く
「永久の未完成 これ完成である」
と言っているとか…。

そういう作風だったと思えば
いいのではないでしょうか。(←他人事)

個人的には「銀河鉄道の夜」が好きなんです。

私は知らなかったのですが 
この「銀河鉄道の夜」は遺作なんですね。

どうしてかって?アニメバージョンでは
登場人物がねこさんでしたもの。

でも賢治さん本人は ねこさんが
嫌いだったみたいですね。

短編「猫」では「猫さん大嫌い」って
出てくるんですよ。 

どうやら賢治さんは信仰の影響があってか 
ベジタリアンだったようなので 

身近にいて小さくても
肉食獣であるねこさんは 
嫌いだったのかもしれません…。

登場するシーンの
ひとつひとつが美しくて 

賢治さんの童話はアニメに
向いているのではと思うのですが…。

おっと…ご自分の
イメージを大切になさる 
ファンの方には怒られそうですから
やっぱり文字のままの方が
いいのかもしれません。

返す返すも もう少し
長生きしてほしかった…。
 
お読みいただきまして ありがとうございました。
 

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