今日10月 7日はエドガー・アラン・ポーが亡くなった日

E.アラン.ポー忌 ガラス窓

 
E.アラン.ポー忌
 
1849年の今日10月 7日に 
作家エドガー・アラン・ポーは
ボルティモアの病院で亡くなりました。

推理小説の先駆者と言われ 
先に欧州特に仏国で
評価が高かったようですね。

詩作もしており 作品として
発表したのは 詩の方が
先だったようです。

推理小説の先駆者の生い立ち
日本の作家さんたちにも
大きな影響を与えており 

先に取り上げた
江戸川乱歩なんて ペンネームに
もらっていますからね。

ですが当のエドガーさんは 
早くに両親をなくして 

兄弟がばらばらに
預けられるなど 家庭的には
恵まれていませんでした。

エドガーさんが預けられたのは 
手広く商品を扱う
輸入業を営むアランさんで
この人には子供がいませんでした。 

なのでエドガーさんは彼の
養子になっているようです。

元々のエドガー・ポーから 
アランさんちのアランが
入っていますので。
 

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生い立ちもかなりドラマチック

 
子供の頃の一時期を
ロンドンで過ごしていますが 

17歳で帰国して
ヴァージニア大学に入りました。

学校の成績はとても良かったそうで 
特に語学が優れていたみたい。

やはり作家としての
片鱗が見えていますね。

で 在学中に詩を発表し 
すぐに認められるなど
活動を始めています。

ところがアランさんからの
送金が遅くなったために 
あろうことか賭博に
手を染めてしまったのだそうです。

送金が届くようになっても 
賭博をやめられず
多額の借金を作ってしまいます。

そして大学を退学し
家を出て 年齢を偽って
合衆国陸軍へ入隊します。

軍に入れば 衣食住すべてが
整っていますし 
その上給料ももらえますから。 

ここでエドガーさんは
士官学校へ行きたくなります。

そこで上官に年齢詐称を
告白した上で相談しました。 

上官からはアランさんと
話し合うよう勧められ 
ようやく義父と和解し 
士官学校へ行かれることになりました。

そんなにまでして入った
士官学校でしたが ここでは
詩や小説を書くことを
禁じられていたので 

エドガーさんはとても
失望するんですね。

まあ軍隊だし しかも
士官学校は兵を率いる人を
養成する場所ですから

詩作や小説など
軟弱なことと捉えるでしょうし 

しかも思想に影響することだし 
だめ~って言われるのは
当然だと思いますけども…。

思っていたような所ではなく 
わざと規律違反をして除隊になります。

小説や詩は評価が高いのに…。

そしてとうとう義父の
アランさんからも勘当を
言い渡されてしまうのです。

士官学校をやめてから 
しばらくニューヨークにいましたが 

叔母を頼ってボルティモアに
住むことにし 短編小説を書き始めます。

「サタデー・ヴィジター」という雑誌が
短編と詩の懸賞公募をしたので応募。

すると6編の短編小説のうちの1編が
最優秀賞を獲得し賞金もゲット!

さらに選考員とも親しくなり 
編集の仕事をするなど 
わりと順調でしたが

この後は様々な雑誌の編集部などに 
短期間で出入りを繰り返したり 

本を出しても売れず 
徐々に困窮してくるのです。

色々な賞に入賞したり 発表する詩などが
評判を呼ぶのですが どういうわけか
原稿料というか 評価に見合った対価が
支払われなかったんですね。

どうしてだったのか不思議でなりません。

そうそう若い頃から女性にふられる度に 
大酒をかっくらう癖があったみたいで

とても若い奥さんが結核に倒れた時も 
編集の仕事を疎かにしてしまったので
別の人に地位を奪われる
なんてことも起きているのです。

名声を得ながら 経済的には
困窮していくという
とても気の毒な生涯でした。
 
 

ちょっと考えられない亡くなり方

 
そしてエドガーさんの死は 
彼の作品以上にミステリアスなのです。

1849年の秋 自ら選んだ作品を
集めた本の出版のため 

久しぶりにニューヨークへ
行くことになり 住んでいた
リッチモンドを出発して
途中ボルティモアに立ち寄りました。

なぜそこに滞在したのかは
わからないのですが 
数日居たのだそうです。

たまたま旧知の人物に
異常な泥酔状態で発見され 
急きょ病院に担ぎ込まれました。

なぜか他人の服を身に着け 
まともな会話も成立しない
状態だったそうで

4日間の昏睡状態の後 
1849年10月 7日の
早朝亡くなりました。

もちろん著名人でしたので 
報道はされましたが

死因を「脳溢血」とか「脳炎」などと
されたそうで これは当時
アルコールの過剰摂取など
不名誉な死因をストレートに表現せず 

こういう病名をもって
発表していたのだそうです。

さらに驚いたことに 
エドガーさんの死亡証明書や
診断書の類は すべて失われて
しまっているそうで 

彼の身に何が起こったのか 
今もって誰にもわからないのです。

ただその頃実しやかに
言われていたことがあるそうです。

ちょうどエドガーさんが
ボルティモアに居た時は 

メリーランド州の議会選挙の
真っ最中だったのだそうですが 

当時クーピングと呼ばれる
不正行為があったそうです。

これは候補者に雇われた
ならず者などが 

浮浪者や旅行者などに
無理やり酒を飲ませ
前後不覚にした上で 何度も
投票させるという不正だそうで 

昔のことですから
きちんと投票者の身元などを
確認しなかったため
起きたことのようです。

エドガーさんの謎の死の
かなり早い段階で 
そういう噂が信じられていたとか…。

そんなあ… 推理小説大好き人間だけど 
本当に思いもよらない展開で 

納得のしようがないじゃないですか…。(ToT)
作品以上にミステリー…。
 
お読みいただきまして ありがとうございました。
 

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