今日は天文学者カール・セーガン博士が亡くなった日

セーガン 忌 ガラス窓

 
セーガン 忌
 
私はセーガン博士の
「コスモス」持ってますよーー。

という訳で今日は米国の天文学者で 
NASAの様々なミッションに関わった
カール・セーガン博士のことを
ちょっとお話します。

今日が亡くなった日なのですが 
62歳なんて若くて
まだこれからだったのに 
本当に惜しい頭脳を失いました。

博士の一番の功績は 一般の人にも
分かり易く宇宙の話を
してくれたことでしょうね。

小難しい専門用語ではなく 
平易な普通の表現と分かり易い例えで
説明された「コスモス」は読み物としても 
面白く読めましたし

「そうなのか」や「そうなんだ」が
たくさん詰まった本でした。
 

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大学へ進学してから宇宙と出会った

 
お話も上手だったみたいなので 
セーガン博士の講義を受けられた
学生たちは 本当にラッキーでしたね。

有名な核戦争の後には「核の冬」が来る
と言ったのも セーガン博士だし

他の惑星などを地球のような
環境に変化させることを
「テラ・フォーミング」と
表現したのもこのセーガン博士でした。

また宇宙の始まりから今までの経緯を 
1年のカレンダーに置き換えて

「宇宙カレンダー」なるものを
持論とされていました。

具体的にカール・セーガンという
名前を知らなくても 博士の提唱した
言葉や理論はとても広く世間に
浸透していると思います。

子供の頃は空想小説などが
好きな少年だったようですが

学業成績がよくて奨学金をもらえたので 
大学に進学し そこで
物理や天体物理学に出会ったんですね。

やっぱりそういう方向に行くように 
ちゃんとレールが敷かれているんです。

シカゴ大学を卒業後 カリフォルニア大の
バークレー校の職員を経て

スミソニアン天体物理学観測所で
研究員をつとめ ハーバードで教鞭をとり
コーネル大学へ移って1971年からは 
教授として惑星科学の研究室を
率いることになりました。

経歴だけを並べても 
いかに優秀な人かわかりますよね。

で、宇宙生物学という独自の分野を
開拓していて その一環として

惑星探査機のマリナー バイキング 
ボイジャー ガリレオの企画や
実験計画などに携わっているのです。

逆にいうと博士がいなかたっら 
ミッションにならなかったことや
実験なども多かったのでは
ないかと想像します。

もっとも象徴的なのは 地球外の
知的生命体に遭遇した時のために

遠い遠い宇宙の彼方まで旅をする
ボイジャーの1号 2号に搭載した
ゴールデンレコードです。

人類レベルの進化を遂げ 
文明を持っていれば
解明できるはずという前提で
作られているらしいのですが… 
果たして理解する生命体がいますかねえ…?

いくつかのSF映画にあったように 
変なのを案内して来なければいいけど。

必ずしも友好的な生命体
ばかりとは限らないからねえ。(艸)

ご飯がいっぱい!とか思われて 
寄って来られるとすごーーく困るので。
 
 

検証で明らかにならないことは 疑う

 
一方でそういう妄想めいた事柄 
あるいは科学的な
検証などで明らかでないこと
明らかにされていないことを 

疑いの目で見るタイプの
方だったようですね。 

こういうのを「懐疑主義」と
いうのだそうですが 

主にオカルト系の事柄に対して
「懐疑主義」的な考え方を
持っていたようです。

セーガン博士の言葉で
作られたキャッチコピーに

「悪霊がさまよう闇の世界を照らす
ろうそくの火」というのがありまして 

博士は科学をこのように
捉えていたのだそうです。

輪廻転生(生まれ変わり)とか念写
(自分のイメージを他人に受け取らせる)とか

念動力(思っただけでコンピューターなどに
影響を及ぼせる)などは基本的に

100%信じていはいないけれど 
整った実験などである程度 

科学的な検証がされている事柄もあるので 
本当にあることかもしれないと言っています。

ふむむ…博士は思いの外 疑り深いですなあ…。 

んでは 宇宙生物学ってのは 
どういう位置づけなんでしょうね…?

あ…いえ 決してケンカを
売っているわけじゃないです。

理屈っぽく疑られるのが 
あまり好きではないもんですから…。(~_~;)

ああ あれですね、賢すぎて
ゆるっとした考え方ができないんでしょう。

…というか 輪郭がはっきりしてないと
許せないんでしょうね、たぶん。

だから科学的な検証が困難な事象 
たとえば極めて感覚的だったりすることは
思い込みです 気のせいですよと
切り捨てられるんだろうなあ…。

天文学あたりは 本当に数学とかが 
めちゃ強くないと先に進めないんで…
徹底した数学脳なんでしょうねえ 
数学は答えが一つしかない世界だから。

1994年の暮れに 博士の腕に
いつまでもある青痣を気にした奥さんに
勧められて検査を受けたところ 
骨髄異形成形症候群という診断結果が…。

この病気は症候群とあるように 
人によって少しずつ違う症状がでるとか

別の病名で呼ばれるけれど
原因がほぼ同じとか そういう感じらしくて
主な症状は白血病なんだそうです。

セーガン博士の場合は 運よく
実の妹さんの型が合致したので
骨髄移植をすることが可能でした。

そして普通の生活や仕事ができるまでに 
一旦は復帰したのでした。

ところが残念ながら再発してしまい
1996年の今日 帰らぬ人となりました。

冒頭でも書きましたが 本当に
もったいなくて残念なことでした。

まだ活躍のフィールドは
たくさんあったというのに…。

天国でも天文学を続けて下さいまし。
…合掌。
 
お読みいただきまして ありがとうございました。
 

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