今年最終日にTVアニメ「鉄腕アトム」最終回のお話

大晦日に最終回 障子窓

 
大晦日に最終回
 
今日は大晦日 今年の最終日。
時間単位に刻まれてきました。

そんな今日は1966年の大晦日に
最終回を迎えた 手塚プロの
国産TVアニメ第一号
「鉄腕アトム」を取り上げます。

はい ご想像の通り リアルタイムで
見た人間の一人です。

でも自分が小さすぎて実際には 
断片的な記憶しか残っていないのです。
(本当だってばっ!)

少し前 昔のアニメの最終回を
特集するTV番組がありまして

その新聞の欄に並ぶ字を見ながら 
ぼんやりと考えていました。

そういえば子供の頃から
アニメに親しんで来たけど 

ちゃんと最終回を覚えている作品って
少ないなあ…と。
 

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最終日に最終回の話 1

 
もちろんある程度大きくなってから
見たものは それなりに覚えている

記憶があるものが多いのですけれど 
自分の年齢が下がるほど 

記憶があいまいになっていくのが
はっきりしてまして…。

ただ「鉄腕アトム」に関しては 
子供の頃 身の回りにあったものに
しっかり物証が残っていたりして 
どれだけ人気があったかわかります。

子供用の浴衣生地に アトムや
ウランちゃんがプリントされている
浴衣を持っていましたねえ 
どこへやっちゃったかなあ?

数字としては30%を超える
視聴率だったそうで 

私と同じくらいの子供のいる家では 
ほとんどが見ていたのでしょうね。

子供向けの番組なんて かなり
冒険的な取り組みだったと思いますが

それでもアニメや特撮の実写などが 
後から後から続きましたから

そういう意味では
大成功だったと言えるでしょう。

長編のアニメ映画は
当時でもすでにありました。

それは劇場版ということで 
一大プロジェクトだったわけです。
 
 

最終日に最終回の話 2

 
すでに伝説になっていますけれど 

お金のかかるアニメを毎週TVで
放送するというのは 虫プロダクションも
社運をかけて臨んでいて
それはそれは大変だったそうです。

大変な人気ではあったのですが 
今のような権利商売もまだ
産声を上げたばかりだったころでしたし 

手塚先生の印税をつぎ込み
それでもぎりぎりの経営状態だったとか。

その手塚先生も「鉄腕アトム」に関しては 
駄作だと言い切っておいでで
プロダクションの経営のためも
あったでしょうが「商売のため」に
やった仕事だったとおっしゃっています。

でもね 先生が道筋をつけて下さらなかったら 
今の日本のサブカルチャーは
もっと違うものだったかもしれませんので 

最初の一歩を踏み出した人たちの
生みの苦しみだったのだと思います。
ありがたや、ありがたや。(-人-)

手塚先生は駄作とおっしゃっていますが 
手塚作品にはどれにもある種の
哲学のようなものがあると感じています。

原作として先生が描かれたものとは 
離れてしまったかもしれませんが

「鉄腕アトム」にもそうした
哲学はあったと思うのです。

それを子供向けにやんわりと 
でも時にはストレートに表現できていた
作品だったんじゃないかなと思います。

子供の柔らかい感性はちゃんと
読み取っていたと思いますし

こんな未来でこんな風だったら…
という果てしない空想の世界を
表現するのにアニメは
最適な方法だったと思います。

実際 今現在 第一線で
ロボット研究をしている方々は 

ほとんど「鉄腕アトム」の
薫陶を受けているといっても
過言ではなく

自分の手で本当に
「アトム」を作りたい、
作りたくて始めたと
おっしゃる先生もいらっしゃいます。

手塚先生の与えたインパクトというか 
影響力は計り知れないものです。
 
 

最終日に最終回の話 長年の謎が解けた

 
だいぶ前置きが長くなりましたけれども 
虫プロダクションがあってくれて 
本当によかったと思います。

いつもの表現になってしまいますが 
時代が必要としたとしか思えない
本当の必然だったのだと感じています。

そんな「鉄腕アトム」の最終回は
どうだったっけ…と考えていて 
ちょっと思い出したことがあります。

これまで何かの折に「鉄腕アトム」の
主題曲を聴くと なぜか
涙が出てくることがあって

「どうして泣くんだ 私?」と 
自分でも常々不思議に思っていたんですね。

ただ聞こえるままに 
一緒に歌うなどしても同じで 
全く理由がわからないまま 
何の脈絡もなく涙がこぼれてくるのです。

子供の声だし軽快なテンポの歌で
好きなんですけど「10万馬力だ…」の
あたりでじわっと涙が出てきて
泣けてくるのです。

で、昔のアニメの最終回を特集する
番組の欄には 少しだけ内容が
書かれていまして これを見て考えた時に
「これかもしれない!」と
長年の「どうして泣くんだ 私?」の
疑問がとけた気がしたのです。

具体的なシーンなどの記憶は
失くしてしまったけれど 

最終回 アトムが太陽に向かっていくのが 
子供心にとても悲しかったんだと思うのです。

その悲しい思いだけが主題曲と一緒に 
刻まれていたのではないかなと。

子供だったのでシーンのちゃんとした意味は
わかっていなかったと思います。 

ただもうアトムに会えなくて
悲しいという思いだけが 
残ったんだろうなあと思ったら 

何かがストンと落ちたように 
すごく納得できたのです。

人が持つ基本的な感情って 
子供でもちゃんと持っている
ものなんですね。

そんなわけで「鉄腕アトム」の最終回は
涙で終わったことがわかりました。

もっと年の大きかった人たちも 
きっと泣きながら見ていたんだろうな…。

1年の最終日に ちょっと
しんみりしちゃいました。

新しい年を迎える準備は
整いましたか?

どうぞ よいお年をお迎え下さい。
 
お読みいただきまして ありがとうございました。
 

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