今日は 8月 1日 八朔の日

八朔(はっさく) 暦・季節

 
八朔(はっさく)
 
八朔(はっさく)と読みますが
朔の字は「ついたち」とも読むのだそうで
そのまま1日のことだそうです。

陰暦ではこの日にもうすぐ稲の収穫が
始まるのを前に 豊作祈願や新穀の贈答を
したりしたのだそうです。

全国に様々な形の儀礼が残るそうで
初穂を神さまに献上する
穂掛けの儀礼をする場所も多いそうです。

あと実際に田んぼへ出向いて お互いに
作柄を褒め合う予祝儀礼とか
とてもユニークな前祝いですよね。

稲も褒められたらうれしいかもしれないし(笑)
褒められたくてがんばって
穂を大きくするかもしれませんからねえ。ぷぷぷ…。

人間がお互いに作柄を褒め合うのは
一種のねぎらいでもあるでしょうね。

作柄がよければ 収穫の作業だって
一段と気持ちが入るでしょうし

その収穫作業も重労働ですから
先に気持ちのエネルギーを充填しとくの。

農家にとっては大変重要な日だったのですね。
 

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農家にとって大切な日だった

 
わざわざ違う文字を使って読ませるとか
その意味がわかるような気がします。

で、実は江戸時代の極初めの頃
武家でもこの日がお祝いの日になりました。

実は家康さんがこの8月の1日に
江戸城に入ったのだそうです。

もともと駿府のお城が拠点でしたけれど
ずっと前に秀吉さんと連れションをして
江戸を治めてちょうだいねと言われちゃったし…。

農家の大切な日に 武家の棟梁になって
本格的に政の中心になる江戸城へ
入ったのはたぶん…わざとだと思いますけどね。

これを機に 武家さんたちでも この日を
祝日にしたそうで 大名や旗本が
白い帷子(かたびら)を着てお城に上がり
将軍家にお祝いを申し述べたのだそうです。

どうして白い帷子だったんでしょうかねえ…。
色はともかく帷子というのは
麻でできた裏地のない着物のことだそうで
絹で仕立てたものは「単(ひとえ)」と
言って分けていたのだそうです。

私たちは「ゆかた」という一重の
着物をよく知っていますね。

この「ゆかた」は「湯帷子(ゆかたびら)」が
そもそもの名前なんですと。

今でこそ様々な生地でできていて
全部ひとまとめで呼んでいますが

着物が普段着だったころは
ちゃんと呼び分けていたのですね。
 
 

ちょっと余談ですが…

 
以下の麻については私の尊敬する方の
お話を 抜粋させていただきます。

麻はしゃり感があって着ていて
とてもさわやかですよね。

とても古くから日本人と共にあった麻は
丈夫だし夏は涼しく冬は暖かい
しかも肌のトラブルなどが収まってしまう
抗炎症作用もある素晴らしい素材でした。

もちろん大東亜戦争に負けるまで
麻は日本中どこでも普通に栽培され 繊維から
糸を取って着物や服に仕立てられていました。

衣料だけでなく 紙にしたり
建築資材にもなっていたのです。

ところが日本以外の国では
麻の間違った使い方が蔓延していたのでしょう。

GHQは麻がこんなに普及しているのに
どうして大麻の常習者がいないのか
理解できなくて大変だったことでしょうねえ。

あろうことか「麻薬取締法」なる法律を
作らせて日本から麻を一掃してしまいました。

大麻の患者など探してもいない国に
おかしな法律を作らせたものです。

実は腹黒い下心が渦巻いた
意図的な工作だったんですけどね。

自国で 生産し始めていた石油から作る
化学繊維を買わせるために
極めて優れた伝統の生地を取り上げたんですね。

時間的には短いものでしたが これが
外国に占領されるということなのです。
―抜粋はここまで―

こんちくしょうめ!と思ったら
今度は絶対に勝ち組になることです。
 
 

白の単が頭から離れない…

 
さて夏の季語にも帷子というのがあるそうですが
現在では夏の真っ盛りのころを
帷子時(かたびらどき)と表現するそうで
とても納得がいく表現です。

ひとえの着物で登城するなんて
普段着じゃないのとか思いましたけど。

どんな経緯でそう決まったのかわかりませんが
もしかしたら家康さんが華美になるのを
よしとしなかったのかもしれませんね。

どちらかというと質素で
倹約家だったと聞きますので。

最初にそう決めてしまえば
後の人たちはそれを継承しますから

みんながそれを守って 8月朔日の
お祝いは白帷子と決まったのでしょう。

それか白い色を纏うことで将軍家に対して
恭順の意思を示す意味もあったのかもしれないな…
なんて思うのです。白旗~。

時代劇などで見るあの広ーーーいお座敷に
たくさんの白装束の人たちが並んでいるのを
イメージすると ちょっと異様な感じもするけれど

横並びの意識が強い日本人だから
きっとやったよね…。ぷぷぷ…

でももしもその上座にいるのが
秀吉さんや信長さんだったら 違う意味で
どえらい絵面になっていたと思います。

あくまでも個人の感想ですけれど
ひとえの着物ってどうしても
下着のイメージが強いのですよ、
しかも白でしょう?

時代劇でもよく閨(ねや)のシーンとかで
出てくるじゃないですか…。

生地が違っていれば それを着た様子も
違うのかもしれないけど…うむむむ…。
やっぱり どうがんばっても 白い単は…ねえ。

せめて涼やかな色合いの
細かい地紋でもあれば まだ普段着の
着流しとして通用するだろうし
人前で着てもまあいいかもしれない。

帷子とはいえ白の単は 人前に着ていくような
ものではないような気がするのは…あはは…
やっぱ気のせいだね、きっと。
 
お読みいただきまして ありがとうございました。
 

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